お江戸のベストセラー

東海道中膝栗毛発端とうかいどうちゅうひざくりげのはじまり

原文

東海道中膝栗毛発端 原文29

コリヤアくびがねへ。弥次さん、おめへどふした。」 弥次ナニおいらがしるものか。そこらにやァ、おちてはねへかへ。」 ヤレハア此衆このしゆはとんだ「人達ひとたちだ。サアうらがむすめはどうさつせへた。しんだのなんのとうそばつかしつかつしやる。サア娘を爰へ出しなさろ。」 弥次「出せとつて外にやァねへ。とほうもねへおやぢめだ。」 親「コリヤア、ハアすまない/\。」 北八「なる程、とつさんのいふのはもつともだ。何にしろ首がなくちやァ、つまらねへ。」 インネ/\田舎いなかもんでこそあれ、うらかしら百姓びやくしやうもしたもんだ。お家主いへぬしどのへことわつて、ゑずい目にあわせてくれ

べい。」【ト、だん/\こはだかになり、やかましくいふゆへ、そばにゐあわせしひと/\いろ/\なだめてもいつこうきゝいれず。大やさまがこのやうすを、いさいにきいてかけつけ】 大や「さて/\、今きゝましたが、大変たいへんなことでござる。何にいたせ、しんだものゝくびのないといふは。」【ト、はやおけのうちをのぞき見て】 「イヤ/\おやぢどの、きづかいさつしやるな。首はあります。」 「あるとは、どこにあります。」 大やコリヤアほとけさかさまに入れたのでござる。ハヽヽヽヽ。」 ハアそれで落着をちつきました。コリヤどなたも御太儀たいぎでござる。」【ト、これより夜にいりて、そうれいをなしあと、ねんごろにとぶらひけるが、さてしも北八は、せつかくしんぼうせしおやかたの内を出されて、又弥次郎のかたに居そうろうとなり、たがひにつまらぬ身のうへにあきはて、いつそのこと、まんなをしにふたりづれで出かけまいかとのそうだんが、