お江戸のベストセラー

東海道中膝栗毛発端とうかいどうちゅうひざくりげのはじまり

原文

東海道中膝栗毛発端 原文06

星霜せいそうをふりけれども、薯蕷やまのいもうなぎにならず、相替あいかはらぬ貧報びんぼう。されとも屈託くつたくせぬ気性きしやうにて、殻洒落からじやれにしやれちらし、近辺きんへんのなまけものどものあそび所となりて、五合ごがう徳利とくり寝姿ねすがたながしもとにたへず。べこ/\三味線さみせんの音、不断ふだん味噌みそおけのふたをあくるとてはなかりける。【あるじ弥次郎兵衛はるすとみへ、女ぼうおふつ、ながしもとにあすのしかけしていると、うらだなの女ぼうおちよま、ほそおびまへだれにて、たなつちりをふつて、うらぐちよりさしのぞき】 おちよまモシおかみさんへ、御無心むしんながら、醤油したぢがすこしあらば、どうぞかしておくんなせへ。ホンニ夕部ゆふべは、でへぶ大分にぎやかでござりやした。

わつちらが所の生酔なまゑひどのを御覧ごらんじやれ、まだけへりやせんわな。此間このあいだばん夜更よふけて、路次ろじをわれるやうにたゝいたとつて、大家おほやさんのおかみさんがあのくちで、ごてへそうに小言こゞとをいひなすつたが、わつちらが所の野呂馬のろまどのも、のろまなりやァ、あの又おかみさんも、あんまりじやァござりやせんかへ。ナント店賃たなちんの一ねんや二ねんたまつたとつて、一生いつせうやらずにおきやァしめへし、それをやかましくいふくらへなら、溝板どぶいたくさつた所も、どうぞするがいゝじやァ

東海道中膝栗毛発端 原文06

先を行 こころに はねや ほととぎす
桜木亭金丸