ちらしあるやうにおもわれ、何でもひと稼と心ざして出かけ来るもの、幾千萬の数限りもなき其中に、生国は駿州府中、栃面屋弥治郎兵衛といふもの、親の代より相応の商人にして、百二百の小判には何時でも困らぬほどの身代なりしが、 安部川町の色酒にはまり、其上、旅役者華水多羅四郎が抱の鼻之助といへるに打込、この道に孝行ものとて、黄金の釜を掘いだせし心地して悦び、戯気のありたけを尽し、はては身代に
まで途方もなき穴を掘明て留度なく、尻の仕舞は若衆とふたり、尻に帆かけて、府中の町を欠落するとて
借金は富士の山ほどあるゆへに
そこで夜逃を駿河ものかな
斯、足久保の茶なることを吐ちらし頓て江戸にきたり。神田の八丁堀に新道の小借家住居し、すこしの貯あるに任せ、江戸前の魚の美味に豊嶋屋の剣