お江戸のベストセラー

東海道中膝栗毛発端とうかいどうちゅうひざくりげのはじまり

原文

東海道中膝栗毛発端 原文05

びし明樽あきだるはいくつとなく長屋ながや手水桶てうづおけくばり、つひ有金ありがねのみなくし、是ではすまぬとはな之助に元服げんぷくさせ、喜多きた八と名乗なのら相応そうおう商人あきんどかたへ奉公ほうこうにやりしが、元来もとよりさいはじけものにて主人しゆじんにいり、たちまち小銭こぜにの立ちまはる身分みぶんとなり、弥次郎は又国元くにもとにて習覚ならひおぼへたりしあぶらなどをかきて、其日ぐらしに舂米つきごめ当座買とうざかひ、たゝき納豆なつとうあさりのむきみ、ながら呼込よびこんくつてしまへば、びたぜに壱文ものこらぬ身代しんだい田舎いなかよりつゞけの

布子ぬのこそで綿わたが出ても洗濯せんたくの気をつけるものもなく、是はあまりなるくらしと、近所きんじよけづ友達ともだち打寄うちよりて、さるお屋敷やしきにおすゑ奉公ぼうこうつとめし女、としかさなるをなかだちして弥次郎兵衛にあてがへば、破鍋われなべ綴蓋とぢぶたが出来てより、おほかみの口あいたやうなふくろびもふさぎてやり、諸事しよじ手健てまめ人仕事ひとしごとなどして弥次郎を大事だいじにかくる様子やうす、此女房にようぼう奇特きとくなる心ざしに弥次郎よるもはやくて、随分ずいぶん機嫌きげんをとりくらしけるが、うか/\としてはや十年としせばかりの