菱、明樽はいくつとなく長屋の手水桶に配り、終に有金を呑なくし、是ではすまぬと鼻之助に元服させ、喜多八と名乗せ相応の商人かたへ奉公にやりしが、元来さいはじけものにて主人の気にいり、忽小銭の立ちまはる身分となり、弥次郎は又国元にて習覚たりしあぶら絵などをかきて、其日ぐらしに舂米の当座買、たゝき納豆あさりのむきみ、居ながら呼込で喰てしまへば、びた銭壱文も残らぬ身代。田舎より着つゞけの
布子の袖、綿が出ても洗濯の気をつけるものもなく、是はあまりなるくらしと、近所の削り友達が打寄て、さるお屋敷におすゑ奉公勤し女、年かさなるを媒して弥次郎兵衛にあてがへば、破鍋に綴蓋が出来てより、狼の口あいたやうなふくろびもふさぎてやり、諸事手健に人仕事などして弥次郎を大事にかくる様子、此女房の奇特なる心ざしに弥次郎夜もはやく寝て、随分機嫌をとりくらしけるが、うか/\としてはや十年ばかりの