離山
鎌倉の名所旧跡の見物も終わり、帰りの東海道の戸塚の宿までは鎌倉から二里。鎌倉を出てすぐに離山という立場があり、ここから戸塚へ一里である。
狂歌
旅笠の ちらちらしろく 木のまより
見ゆるは 春の はなれ山みち
旅笠のちらちら白く木の間より
見ゆるは春の離山道
侍「ハイ、ハイ、ハイ。それ、あぶない! 馬だ、馬だ! 乗っているおいらも、やっぱり馬だから、よけろ、よけろ!!」
旅人「いや、このお侍さまは、乗っているおいらも馬だと言いなさったが、あの人が馬ならわしは狸だ。わしは金玉が大きいものだから、わしのあだ名が狸ということをこの前お殿さまがお聞きになったらしく、わしを召して、
『コレコレ、その方は狸だそうな。腹つづみを打て!』
とおっしゃるから、イヤとも言われず仕方なしに腹を出して叩いてお目にかけたら、
『さても、さても、よく鳴る腹だ。その腹がほしい、おれにくれろ!』
と、おっしゃる。
『これは、あげられませぬ。わたしの身体へ作り付けになっているので離されません。』
と言うと、
『いやいや、離して取ろうとは言わん。おれがもらって、その方へ預けておくが、それが承知なら、もはやその方の腹ではないぞ。侍というものは、いつなん時どのようなことがあるとも限らぬから、腹にも備えがなくてはならん。その予備の腹にするのだ。』
と、ぬかしやがる。こいつ小気味の悪いと思ったが、給金をくださることだからお受けしておきましたが、最近、聞けば、お殿さまに何かまちがいがあったという。
『さあ、しまった! 予備の腹を斬られては、たまらん。』
と、わしはそのまま逃げ出して、このように当てなしの旅へ出かけました。あとでは、きっと、腹がなくなったということで、わしは出ベソでござるから、出ベソを手がかりに腹の捜索がきびしかろうと思いますから、めったにヘソを出しては歩かれません。」