杉ヶ谷・小袋坂(巨福呂坂)
管領の屋敷跡は、今は田畑となりその形ばかりが残る。
その東に杉ヶ谷弁財天の宮▲があり、ここには俳諧師梅翁の句碑がある。このへんは山ノ内といって小袋坂の上にあたる。
伽羅陀山は、その小袋坂にある。
狂歌
ゑんめいの こぶくろざかは かまくらへ
たから入こむ めい所けんぶつ
延命の小袋坂は鎌倉へ
宝入りこむ名所見物
旅人「わしは昨日、どうしたわけか、にわかに気分が悪くなって歩けなくなり、商人の店先を借りて休んでおりましたが、そのうち気が遠くなって目を回してしまいました。
すると、何か冷んやりしたものが喉を通ったように思えて気がつきましたが、見ると目の前に美しいおかみさまが立っている。
『おや、気がつきましたか。いろいろしてもいかぬから気の毒になって、どうぞ正気にしてあげたいと、わたしが口移しに水を飲ませてあげました。』
と、おかみさんが言うので、よくよく見ると──色が雪のように白く、目つきがよく、かわいらしい口もとでニコニコ笑う愛嬌のよさ。わしはビックリして、
『なんと、なんと! こんな弁天さまのような美しい女の口から、わしの入れ歯をした口へ口移しとは、ありがたや、もったいなや!』
と、あまりのうれしさに有頂天になってとりノボせ、また目を回してしまいましたが、こんどは口移しでも起きまいから灸を据えるのがよいと、袋もぐさをひとつかみ腹へ据えられてしまいました。気はつきましたが、コレ、見てくだされ、その灸のあとが崩れて、もう、ヒリヒリと痛みまして、昨夜も夜っぴいて寝られません。
誰でも…おまえ方も、ひょっとして、どういうことで、あそこのカド先で目を回さぬとも限らぬから、そのときは、
『灸は据えてくださるな。』
と、先に断ってから目を回しなさい。わしは、とんだ目に合いました。」