お江戸のベストセラー

方言修行むだしゅぎょう 金草鞋かねのわらじ江之島鎌倉廻えのしまかまくらめぐり

12

松葉谷安国寺・補陀洛寺

※本文中のをクリックすると、その場所の写真を表示します。

松葉ヶ谷安国論寺まつばがやつあんこくろんじ

松葉ヶ谷安国論寺は、日蓮上人が房州からやって来て、ここにこもり立正りっしょう安国論あんこくろんを著したところである。境内には妙法桜という銘木がある。
佐竹屋敷は、名越道にむかしあった佐竹四郎さたけしろう秀義ひでよしの旧跡である。
日蓮乞水こいみずやお猿畠さるばたけも、みなこの名越坂のあたりにある。

狂歌

ぢゝばゝの まいりおほきは
たかさごの まつはかやつの そしどうにこそ

爺婆の参り多きは
高砂たかさごの松はか谷(松葉ヶ谷)の祖師堂にこそ

参詣「日蓮さまが、このお寺で『安国論あんこくろん』という書物をお書きなさったということだが、わしのほっぺたにできた『たんこぶろん』は何をしても治らぬので、『あんこくろん』をお書きなされた祖師さまなら『たんこぶろん』もご存知であろう、どうぞ治りますようにとおたのみ申したら、その晩にたんこぶは治ったが、こんどは金玉へたんこぶができて金玉が増えたから、金の増えるのはめでたい、これもご利益であろうと、お礼に参りました。」

補陀洛寺ふだらくじ

長勝寺は名越坂の西にある。ここから海の方に、天照山の社、補陀洛寺の観音があり、さらに先には三浦道寸みうらどうすんの城跡がある。

狂歌

此けしき あかず三うらの しろあとや
うてうてんせうさんの ながめに

この景色飽かず三浦の城跡や
有頂天照山の眺めに

旦那「わしは、きさまも知るとおり酒が好きだから、酒屋を見るたびに酒が飲みたくてたまらなくなるが、俺一人で飲むわけにもいかず、きさまにも飲ませるから、きさまの分だけ余計に銭がかかる。わしもこらえて飲みたいのを辛抱しているが、きさま、帰るまで酒をやめてくれんか、どうだ、どうだ。」

従者「これは旦那さま、殺生なことを。わたくし、酒は飯より好きでこざります。命にかえてもやめられません! そのお考えなら、いっそのことわたしを殺してください。しかし、殺される前にまず一杯いただきます。一杯飲んで殺されるなら、それは本望。ただし、死んでも生きかわり死にかわり幽霊になって後引きに現れます。」

注釈

立正安国論
日蓮が文応元年(1260)に執権北条時頼に送った檄文。当時頻発していた天変地異は浄土宗などの邪法が原因であるとし、仏教の諸宗を非難した。
佐竹四郎秀義
平安末~鎌倉時代初期の武将。源義光の流れをくむ清和源氏なので頼朝とは親戚筋。挙兵した頼朝に反抗したため一度は頼朝軍に攻められ敗走したが、後に認められて鎌倉御家人に加えられる。
高砂
能の『高砂』は夫婦の松の木の話。松つながりで「松葉ヶ谷」をかけて、爺婆の連想から「まつはか谷」となっている(たぶん…)。
三浦道寸
三浦義同(みうら よしあつ)
戦国時代初期の武将。北条早雲に滅ぼされた。
後引き
満足することなく、次々に物(とくに酒)を欲しがること。