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方言修行むだしゅぎょう 金草鞋かねのわらじ江之島鎌倉廻えのしまかまくらめぐり

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丸山稲荷・新宮六本杉

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丸山稲荷まるやまいなり

十二院は、鶴岡八幡宮の西にある僧舎で、むかしは二十五院あったという。この中の荘厳院しょうごんいんの後ろの山を狻踞峰さんきょほうという。山亭があり、ここから見わたす眺めがよい。
この近くに丸山稲荷の宮があるが、ここも景色のよいところである。

狂歌

みな人へ りせうをてらし 給ふとて
月のまる山 いなりたうとき

皆人へ利生を照らし給うとて
月の丸山稲荷尊き

旅人「おれは腹が減ってたまらないが、昼食ちゅうじきの握り飯をどこかへ落としてしまったようだ。ひもじくてならぬ。どうだ、きさまの握り飯を、おれにひとつくれぬか。ナニ? もう、みな食ってしまったというのか。ウソをつくな、きさまはシワい(ケチな)男だ。まだあることを、おれが知ってるから言うのだ。エ? 確かにないか? なければしょうがない。おれが隠しておいたのを出して食いましょう。人の腹が減ったのはたえられるものだが、自分の腹が減ったのは、どうにもたえられん。」

新宮六本杉しんぐうろくほんすぎ

新宮の社は今宮とも呼ばれ、十二院の中の我学ががくいんから左の方へ二丁ばかり行ったところにある。
お社の後ろは谷深く、そこに一本の古い杉の木がそびえている。根元から六本に分かれた大木で、その高きこと十余丈(30~40m)、幅は三尺(1m弱)である。

狂歌

見とれては うてうてんぐの すみかとも
しらずに杉の 古木ながむる

見とれては有頂天狗の棲家とも
知らずに杉の古木眺むる

旅人Ⓐ「この六本杉には天狗が棲んでいると聞いたが、なるほど、見なさい。アレ!アレ! 天狗のヒヨコが見える。しかし、トンビかも知れん。天狗にしては、鼻が低いようだ。」

旅人Ⓑ「それは、まだ子供だからさ。だんだん大人になるにつれて、あの鼻も大きくなるだろう。まさにわしの鼻も、初めは唐辛子のようであったが、だんだんとそれが、さつまいものようになって、後には練馬大根のようになったが、今ではシワがよって干し大根のようになってしまったから…しょうがない。」

注釈

十二院
鶴岡八幡宮は、江戸時代まで「八幡宮寺」だったので僧侶が支配していた。十二院(坊)はその僧舎で、かつては二十五院(坊)あった。

昭和三十年代に、宅地造成の波が鎌倉にも押し寄せ御谷(おやつ)と呼ばれていた二十五坊旧蹟に開発の手が及んだとき、地元住民が立ち上がり日本初のナショナルトラスト運動を起こします。鎌倉在住の文化人も参加したこの運動によって御谷は守られました。さらに、この運動を契機に「風致保存法」が制定され現在に至るまでの鎌倉の景観が保たれています。
「二十五坊旧蹟」は今は何もないところですが、その「何もない」ことに意味があります。