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根南志具佐ねなしぐさ

原文(一之巻)

根南志具佐 一之巻15

きくより大王だいわうよろこび給ひ、それくつきやうのことなめり、水辺すゐへんことなれば、いそぎ水府すゐふ使つかひたて龍王りうわう呼寄よびよせよ。かしこまりそろとて数多あまたおになかより足疾鬼そくしつきとて、またゝくうち千里せんりゆき千里せんりもどる。 地獄ぢごく三度さんど仲ヶ間なかま仰付をほせつけられければ、兎角とかくするもなく、八大はちだい龍王りうわう惣頭そうがしら難陀なんだ龍王りうわう参内さんだい披露ひろうさせ、衣冠いくわんたゞしきそのよそおひ、かしら金色こんじきりようをいたゞき、瑪瑙めのうかんふり瑠璃るりゑい珊瑚さんご虎珀こはくいしおび玻璃はりしやく瑇瑁たいまいくつ異形いぎやう異類いるゐうろくづども、前後ぜんごをかこみ参内さんだいあり。

はしもとにひれふせば、大王だいわうはるかに御覧ごらんあり。めづらしや龍王りうわう只今たゞいまめすこと、にあらず、この大王だいわううそはづかしくもこゝろをくだく恋人こひびと南瞻部洲なんぜんぶしう日本にほんに、瀬川せがは菊之丞きくのぜう美少年びせうねんあり、これ我手わがてれんため、さま/\と評議へうぎせしにかの菊之丞きくのぜう近日きんじつ船遊ふなあそびいづるとのことゆゑ、水中すゐちうなんぢ領分りやうぶんなれば、いそ召捕めしとりきたるべしとありければ、龍王りうわう恐入おそれいり勅定ちよくぢやうおもむきいたいかしこまたてまつる。わたくし支配しはいものどもにて、わに鯋魚ふかはじめとして、水虎かはたらう水獺かはをそ海坊主うみばうずなんど、ひととることめうさむらへば