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根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(一之巻)

根南志具佐 一之巻10

▼開

見(み)せ掛(かけ)ても、色(いろ)のとれる御顔(おかほ)にてもましまさず。 昔(むかし)海老蔵(ゑびぞう)が景清(かげきよ)の狂言(きやうげん)にて御姿(おすがた)を似(に)せしさへ、娑婆(しやば)の者共(ものども)はおぢおそるゝに、其(その)御姿(おすがた)にてぶらつき給はゞ、うさんな者(もの)と召捕(めしとら)れ大家(おほや)を詮議(せんぎ)せらるゝ時(とき)、大家(おほや)は釈尊(しやくそん)、名主(なぬし)は大日(だいにち)と云(いひ)たりとも證據(しやうこ)に立者(たつもの)もなければ、無縁(むゑん)法界(ほうかい)の無宿(むしゆく)仲ヶ間(なかま)へ入(いれ)られて憂目(うきめ)を見(み)給はんは案(あん)の内(うち)。それとも御得心(おとくしん)なくば此(この)宗帝王(そうていわう)御前(ごぜん)にて腹(はら)かつさばき申(まをす)べし、御返答(ごへんとう)承(うけまは)らんと席(せき)を打(うつ)て諫(いさめ)ける所(ところ)に平等王(べうどうわう)しづ/\と

立出(たちいで)申(まを)されけるは、宗帝王(そうていわう)の諫言(かんげん)は、比干(ひかん)が胸(むね)をさかれ、伍子胥(ごししよ)が眼(まなこ)をぬかれ、木曽(きそ)の忠太(ちうた)が義仲(よしなか)を諫(いさめ)て腹切(はらきり)たるにも、をさ/\おとるべうはあらねども、日頃(ひごろ)御偏意地(おんかたいぢ)の大王(だいわう)、一旦(いつたん)仰出(おほせいだ)されたる事(こと)は変(へん)じなはぬ御気質(ごきしつ)、一杯(いつぱい)の水(みづ)を以(もつて)車薪(しやしん)の火(ひ)を救(すくひ)がたし。いか程(ほど)に諫(いさめ)給ふとも、馬(うま)の耳(みゝ)に風(かぜ)、牛(うし)の角(つの)の蜂(はち)とやらで、さして御為(おため)にもなら山(やま)のこの手柏(てかしわ)の二面(ふたおも)に、男(おとこ)とも見(み)へ女(おんな)ともみめよき路考(ろかう)が姿故(すがたゆへ)に、此(この)冥府(めいふ)を捨(すて)給はんとは、世上(せじやう)の息子(むすこ)の了簡(れうけん)にして、地獄極楽(ぢごくごくらく)の