お江戸のベストセラー

根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(一之巻)

根南志具佐 一之巻06

▼開

牛若(うしわか)は天狗(てんぐ)にしめられ、増賀聖(ぞうがひじり)の業平(なりひら)、 後醍醐帝(ごだいごてい)の阿新(くまわか)、信長(のぶなが)の蘭丸(らんまる)、其名(そのな)を高尾(たかを)の文覚(もんがく)は六代(ろくだい)御前(ごぜん)にうつゝをぬかし、いらざる謀反(むほん)をすゝめこみ、頼朝(よりとも)のとがめを受(うけ)しより娑婆(しやば)にて尻(しり)の来(く)るといふ詞(ことば)始(はじま)れり。但馬(たじま)の城(き)の崎(さき)、 箱根(はこね)の底倉(そこくら)へ湯治(たうぢ)するもの多(おほ)きは、皆此(みなこの)男色(なんしよく)の有(ある)ゆゑなり。昔(むかし)は坊主(ばうず)計(ばかり)がもて遊(あそび)し故(ゆゑ)にや、痔(じ)といふ字(じ)は⽧冠(やまひかんむり)に寺(てら)といふ字(じ)なり。しかるに近年(きんねん)は僧俗(そうぞく)押(おし)なべて好(このむ)こと甚(はなはだ)以(もつて)不埒(ふらち)の至(いた)りなり。今(いま)より娑婆(しやば)世界(せかい)にて男色(なんしよく)

相止候様(あひやめそろやう)に急度(きつと)申(まをし)渡(わたす)べしとの勅命(ちよくめい)、皆々(みな/\)はつとお請(うけ)を申(まをし)けるが、十王(じふわう)の中(うち)より転輪王(てんりんわう)進出(すゝみいで)て申(まをし)けるは、勅定(ちよくぢやう)を返(かへ)し奉(たてまつ)るは恐(おそれ)多(おほ)きに似(に)たれども、思(おも)ふ事(こと)いはでやみなんも腹(はら)ふくるゝわざ也(なり)。仰(おほせ)の通(とほ)り男色(なんしよく)も亦(また)害(がい)なきにあらず。しかはあれども其害(そのがい)女色(ぢよしよく)に比(ひ)すれば至(いたつ)て軽(かる)くして、 中々(なか/\)同日(どうじつ)の談(だん)にあらず。譬(たとへ)ば、女色(ぢよしよく)はその甘(あまき)を蜜(みつ)のごとく、男色(なんしよく)は淡(あはき)こと水(みづ)のごとし。無味(むみ)の味(あぢ)は佳境(かきやう)に入(いら)ずんば知(しり)がたし。是(これ)は畢竟(ひつきやう)大王(だいわう)の若衆(わかしゆ)御嫌(おきらひ)なるがゆゑ、上戸(じやうご)の餅屋(もちや)をやめさせ