お江戸のベストセラー

根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(一之巻)

根南志具佐 一之巻09

▼開

さば王位(わうゐ)の貴(たつとき)も何(なに)かわせんと、御目(おんめ)の内(うち)もしどろにて、うかれ出(いで)んとし給ふ所(ところ)に宗帝王(そうていわう)かけ出(いで)、御袖(おそで)をひかへ、にがり切(きつ)て申(まをし)けるは、こはけしからぬ大王(だいわう)の御振舞(おんふるまひ)、わづか一人(いちにん)の色(いろ)におぼれ此(この)冥府(めいふ)の王位(わうゐ)を捨(すて)、娑婆(しやば)に出(いで)て人間(にんげん)にまじわり給はゞ、地獄(ぢごく)極楽(ごくらく)の政(まつりごと)は執行者(とりおこなふもの)もなく、善悪(ぜんあく)を正(たゞ)すべき所(ところ)なければ、三千世界(さんぜんせかい)の衆生(しゆじやう)は何(なに)を以(もつ)て教(をしへ)をせんや。かゝる貴(たつと)き御身(おんみ)をば優童(やろう)買(かひ)と成果(なりはて)なはゞ、極楽(ごくらく)に満々(みち/\)たる金(こがね)の砂(すな)は忽(たちまち)に堺町(さかひてう)の有(ゆう)となり、いくら有(あり)とも使(つかひ)足(た)らず

は、金(かね)のなる木(き)がわしやほしいと悔断(くやむだん)に成(なつ)ては、極楽(ごくらく)の先生(せんせい)釈迦如来(しやかによらい)の黄金(わうごん)のはだへまで潰(つぶし)に掛(かけ)て下金屋(したがねや)へ売(うり)てやり、地蔵(ぢぞう)(ぼさつ)は長太郎(ちやうたらう)坊主(ばうず)同然(どうぜん)に子共(こども)のなぶりもと落(おち)ぶれ、びんが鳥(てう)は両国(りやうごく)橋(ばし)の見(み)せものとなり、天人(てんにん)も女衒(ぜげん)の手(て)に渡(わた)り、三途川(さんずがは)の婆(ばゝ)はのり売婆(うりばゝ)と変(へん)じ、仁王(にわう)は辻竹輿(つじかご)かくやうに成行(なりゆ)かば、地獄極楽(ぢごくごくらく)破滅(はめつ)せんは目(ま)のあたりなるに、其(その)気(き)の付(つか)ざる御年(ごねん)ぱいにもあらず、また譬(たとへ)当世(たうせい)を見習(みならひ)て蝙蝠(かうもり)羽織(ばおり)に長脇指(ながわきざし)、髪(かみ)は本田(ほんだ)に銀(ぎん)ぎせる、男娼(やらう)買(かひ)と