己が勝手は押しかくし、お為ごかしに数通の願書、地獄の沙汰も銭次第、油断せぬ世の中とぞ知られける。閻王もさま/\の政を聞せられければ、少の暇もなきをりふし、獄卒ども地獄の地の字の付たる高提灯を先に立、一人の罪人を引立来れり。閻王はるかに御覧あれば、年の頃廿計の僧の色白く痩たるに、手かせ首かせを入、腰のまはりに何やらんふくさに包たるものをくゝり付てぞ有ける。此者いかなる罪にて有と尋給へば、かたはらより倶生神罷出て申けるは、此坊主は
南瞻部洲大日本国江戸の所化なるが、堺町の若女形、瀬川菊之丞といつる若衆の色に染られて、師匠の身代からくれない、錦の戸帳は道具市にひるがへり、行基の作の弥陀如来は質屋の蔵へ御来迎。若衆の恋のしすごしに、尻のつまらぬ尻がわれて、座敷牢に押込られ、したふかいなく己が身を宇津の山部の現にも逢れぬ事を苦に病で、むなしくあの世を去けるが、だんまつまの苦にも忘得ぬは路考が俤なりとて此所までも身をはなさずアノ腰に付たるは鳥居清信が