はなづむ時は大に害あり。汝人情を知[ら]んがため、諸国をめぐる其内にも唐土にて宮中に入[り]、官女の色に溺しゆゑ、羽扇を焼[か]れて難儀をせり。又人の楽は色欲に上なしと、汝常々思ひし故、女護が島へ遣[は]して遊男をこしらへ、色欲のあぢきなく人の命をそこなふ事を目のあたりに是をしめす。只浮世は夢のごとし、汝若しと思[は]んが、うか/\諸国をあるく内、はや七十余年の星霜を経たり。いざや汝にしめさんとて、鏡を取[つ]て指むくれば、彼浦島が昔にはあらで、今まで若かりし浅之進、八十ばかりの翁と変じ、から
だには肉薄く、顔は皺のみにして、頷長く、鬢髭も皆ぬけて、おのづから法体の姿をあらはしければ、我身ながらもあきれはて、あたりをうろ/\見廻せば、不思議や虚空に音楽聞[こ]え、光明赫灼とかゞやき、紫雲に乗[り]て降るものあり。程なく浅之進が右の手にとゞまりたるを能[く]見れば、木にて作[り]たる松茸の形せし物にてぞ有ける。其時仙人ゑみを含、汝が其手に持[ち]たるこそ、昔景清が難儀の時、清水の観世音身替[り]に立[ち]給ふがごとく、其方女護が島にて大勢の唐人どもと一度に死すべき命