お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之五)

風流志道軒伝 巻之五 12

日本人を見せものにし、穿胸国せんけうこくでは全き人をかたはと心得、手長足長のふつり合なること、皆是土地の風俗なり。天竺てんぢく右肩うけん合掌がつしやう、日本の小笠原、其仕うちは替れども礼といへば皆礼なり。只聖人のすみがねにて、普請ふしんは家内の人数によつて、長くも短くも大にも小にも、変に応じて作るべし。経済けいざいの道は風俗を正し、足[ら]ざるををぎなひしげきをはぶく事、時に随ひ変に応ず。ことぢにかわし、酌子しやくしを以て定木とはしがたし。然るに近世の先生達、はたけで水練を習ふ様な経済けいざいの書を作[り]て俗人を驚[かす]ことかたはら痛き事なり。

其位に存[ら]ざれば其まつりごとをはからずといふ聖人の教をわすれて聖人の道をとき出すは、相撲取すもうとりのふんどしを忘[れ]土俵どひやう入をするがごとし。其外浮世うきよ口過くちすぎ学者、くだあなから天をのぞき、火吹竹で釣鐘つりがねいるやうな偏見へんけんとき出し、我身も薯蕷やまのいもうなぎになるやうに、しりの方から二、三寸程も出来合の聖人に成[り]かゝりたれば、麒麟きりん鳳凰ほうわう星入ほしいりのひけ物でも出そふなものと自負じふする学者も世に多し。聖人の教でさへ、其道にとらかされしへつぴり儒者じゆしやの手に渡れば、人をまよはす事多し。まして其外の事において