体金鉄にてや有けん、少[し]も元気おとろへざりけり。浅之進もつく/\と我身の上を観ずれば、かく一人生[き]残れども身請せらるゝ事もなく、一生勤[め]死にしても末のつまらぬ事なり。日頃面白かりし色遊も常になりてはうるさきものと、女郎、冶郎の身の上までを思ひやり、あじきなき世の有様と思ひつゞけて居眠折[り]から、何国ともなく風来仙人忽然とあらはれ出[で]、藜の杖を以て浅之進を打[ち]すゑれば、浅之進誤入、面目もなくひれ伏けり。 其時仙人聲をあげ、それ人世の中に有ては功成名
遂て身しりぞくは、春夏にさかへし草木の秋冬にしぼむがごとく、是即[ち]天の道なり。范蠡が五湖にのがれ、張子房が赤松子に托せしは、進退の時をしりたる古今に類なき智者の手本。また千里の馬たりとも伯楽を得ざる時、強て功を立[て]んとするは、夏日に氷を求[む]るに似たり。譬わづかに出来たりとて、室咲の梅の色香薄く、しかも盛久しからざるがごとし。或はまた君を得るとも其身に鷹の能あるもの、摺餌蒔餌にて畜んとせば、籠を離て飛[び]去[る]べし。雲に入[る]勢ありとも其身餓に至りな