お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之五)

風流志道軒伝 巻之五 02

どいにつどい給ひて、様々評定ありけるが、昔蒙古もうこよりせめ来し時の先例に任すべしとて、雨の神、風の神に命じて急ぎちくらがおきに待請[け]もろこしの船を吹[き]くだけよと有ければ、風の神申されけるは、私共一ぞく残らずちくらが沖へ出張をなさば、其跡にては日本に風をひくもの一人もなくんば、医者いしやども渡世に難儀たるべく思ほゆれば、少々は跡に残[し]なんと伺[ひ]ければ、諸神以ての外、いからせ給ひ、もし不二山をはりぬかれなば日本末代の恥辱ちぢよくなり、何ぞや医者の難儀ぐらいに替[へ]べきや。其上近年生[ま]れつきたる医者はすくなく、家業かぎやう

にうときのら者ども、青菜賣あおなうり浅漬あさづけ宅庵たくあんとなり、肴屋は稲田いなだ安康あんかう、餅屋は佐藤養閑ようかんと名乗[り]、あめ屋は雨井あまい堯仙げうせんと改名し、気のしれぬ麻布あざぶ木庵もくあんが類なれば、はやらぬ時はほうろくはもとの土とぞ成[り]にけりにて、餓死うゑしすべきには至らざれば、瑣細ささいの事は打[ち]捨て、唐船日本におもむかば、風の神勢力せいりよくを尽[く]し、あられの神、へうの神も、とも/\に力をそへ、戸板にごろつく豆のごとく暫時ざんじの間に吹[き]くだくべしと、はげしき仰[せ][り]て、雨風あられへうの神は雲ををこしてふつて行[く]。唐人どもはかゝる事とはいざ白波をしのぎつゝ、じゆん