お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之五)

風流志道軒伝 巻之五 07

事も打[ち]忘れてたのしみけるが、いつとなう事足[り]たる様に思へば、おのづから秋風の身にしみて、雨のふる夜も雪の夜も本につとめはまゝならぬ。後には客を見るもうるさく、気に入[ら]ぬ客はふつてみても、男のふらるゝと違ひ、義理ぎり外聞ぐわいぶんもかまわず夜中取[り]つきうらみなげゝば、そう/\はふる事もならず、昼夜をわかず勤[め]ければ、半年も立[た]ぬ内に色青くやせおとろへ、こつ/\とせきの出るを相図にして、無常むじやうの恋風にさそはれ、百余人の遊男ども西方浄土じやうどへくらがへす。アヽ[し]きかな生者せうじや必滅ひつめつ

ことわり、人の命のはかなき事は露のごとく、またいなびかりのごとしと仏のをしへも此事になん。国中の女客は一かたならぬかなしみの涙にたもとをしぼりつゝ、我にこそ末かけてといひし言葉もありしなんど、くらきよりくらきに迷ふ恋路の習ひ、思ひのけぶり立登たちのぼる返魂香はんごんこうはくゆれども、門々多き事なれば幽㚑ゆうれいさへも出[で]やらず。しかるに浅之進は如何しけんわづらいも出[で]ざれば、只一人生残いきのこりけるに、外の客も皆浅之進一人を目当めあてにして通ひければ、後には昼夜を五十程に切[り]て幾度ともなく勤[め]れど