風に帆をあげて、日本間近くなりける時、待[ち]もふけたる事なれば、黒雲八方より覆かゝり方角さらにしれざれば、数百万の唐人どもうろたへまはる折からに、雨風はげしく吹[き]来[た]り。三十万艘の唐船を一ッ所へ吹[き]寄[せ]て、只一もみにもみくだけば、数十万人の唐人共海中に飛[び]入[り]て、水練秘術を尽せども、三十万艘の大船に積置たる粘と紙、一度に海へ入[り]たれば、さしもに広き洋海も紙漉の箱を見るがごとく、とろり/\とねばりければ、もちに着たる蠅のごとく、皆あら波に打込[ま]れ、数もかぎらぬ唐人ども、白あえとなりて死シたるはむざん
なりける事どもなり。爰に一ツの不思儀あり。浅之進が乗[り]たる船は、日本人のありし故にや、かゝる風雨の中ても船は少[し]もいたみもなく、何ちともなく吹流され、ゆらり/\と大船の思ひ頼[ま]ん方もなく、風にまかせてたゞよひしが、覚えずも日を重[ね]て糧も水も尽んとすれば、生たる心もあら波の向[ふ]を見れば一の島あり。初[め]て蘇生たる心地にて、島を目あてに漕寄れば、此島は女護が島とて、男は一人もなくして女ばかり住[め]る国也。子を産[ま]んと思ふ時は、日本の方に向ひて帯をとき風を請[く]れば懐胎して又女子を産。王もあれども皆