お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之五)

風流志道軒伝 巻之五 10

にもるゝ事なし。人のみにはかぎらず蜜蜂みつばちの飛[ぶ]に君臣あり、からす反哺はんぽはと三枝さんしに父子の礼そなはれり。にはとり羽をさげてを愛し、猫の不遠慮にさかるも夫婦の道なり。鼠は十露盤そろばんに乗る兄弟あり、犬の尾をふつて集り、いわし、すばしりの海にかたまるも皆朋友ほうゆうの道なり。さればこそ天地の間を引[つ]くるめて聖人せいじんをしへに上こすものなし。夫故に伊藤先生、論語ろんご宇宙うちう第一の書といふ事、尤[も]至極のことにあらずや。其論語の中にさへまた時の[よろしき]に随ふべき事あり。沽酒かふさけ市脯かふほじしくらはずとはいへども

ゑち後の塩引しほひき周防すほうさば串石決明くしあはび海参いりこの類、学者もどぶへ捨[て]た事なく、まつりあまざけより外に、内で酒を作[り]たる先生もなし。是唐には池田いけだ伊丹いたみといふ名物の酒屋もなく、又海に遠き国故、塩引類の旨ひ事をしらず。いぬぶたを食ふ故に其教もまたことなり。はじかみすてずして食ふとはいへどもなますのけんは食[は]ぬと云[ふ]が、又日本の礼なり。井戸でそだつかいる学者がめつたに唐贔屓ひいきに成[り]て、我うまれた日本を東夷とうゐと称し、天照太神は太伯たいはくちがひないと附会ふくわいせつをいひちらし、文武の道を