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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之四)

風流志道軒伝 巻之四 11

まづ五岳が随一なれども、我故郷の日本は不二ふじといへる名山あり。其大さ五岳にもはるかまさり、八葉の峰そばだちて四時に雪のきゆることなく、何れの国より是を見ても、白扇はくせんさかしまに懸[か]ると詩にも作り、なか/\にいふ言の葉もなかりけり。不二の白雪/\なんどゝ哥にも詠じ、風は人穴を出て三千世界を涼[し]うし、雪はふもとおちて白酒と成[つ]て旨がらす。五岳なんどのごときは草履取にも不足なりと申[し]ければ、帝大に驚[き]給ひ、昔日本の画工雪舟といへる者、我国に来[り]彼山を画[き]しより、唐土人も三保の原、気の浮島うきしま風景ふうけいも、我は其意を絵そら

言にて五岳には及[ぶ]まじと今迄は思ひしが、汝が詞を聞[き]しより初[め]不二ふじの万国の山にまさりたるを知れり。我も四百余州をたもてば何に不足もなけれども、不二山ばかり日本にまけたる事、無念たぐひは中橋なれば、是より諸国へ申[し][け]、多くの人歩を呼[び][せ]て不二山をきづかせて後世に名を残すべし。汝は彼山を能[く]見覚へつらんなれば、科をゆるして奉行となすべし。五岳の内何れの山にても、見立次第もとひとして不日に不二山をきづくべしとの勅命ちよくめい、浅之進つゝしんで、私日本に生[ま]れたれば、不二のかたちあらましは覚えたれども、くわしき事は存ぜされば