お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之四)

風流志道軒伝 巻之四 06

莫斯哥米亜むすこうびや琶牛ぺぐう亜刺敢あらかん亜尓默尼亜あるめにや天竺てんぢく阿蘭陀おらんだを始[め]として其外の国々には、家業かぎやうをしらぬうてんつ国、髪は本田に銀ぎせる、短羽織に日和ひより下駄、じやうるり、三絃さみせん、座敷芸、お花といへる地色に打込[み]、只遊ぶ事を第一とす。しかるに此国折[り]/\は大水出て、親の代より譲請ゆづりうけ家業株かぎやうかぶ、町屋敷、諸道具、衣類なんどを押[し]流され、火のふること度々なり。又其隣国にきやん島といへるあり。神儒仏しんじゆぶつをしへもなく、からだはしぼり染のごとく、はりこみといふあみにてあくたひと云[ふ]魚を取[つ]て肴にし、大酒を呑[ん]できをひ歩行あるくを業とす。

又おそろしき国あり。其名を愚医ぐい国といひ、又藪医やぶい国ともいふ。此国の人皆頭を丸め、折[り]惣髪そうはつなるもあり。学問を表にかざり人の病を直す事を業とすれども、近年甚[だ]下こんになり、書物を見れば目の先くらみ、尻の下より火焔くわゑんもえ出[で]暫時ざんじも学問する事ならず。只世間巧者にとばかり心懸[け]軽薄けいはくを常とし、てれんついしやうの妙術めうじゆつをきはめ、羽織は小袖より長く竹輿かごのすだれはいき杖よりもふとし。牽頭たいこなこうど、屋敷の売買、天窓あたまをふり立[て]かけまはり、見へ第一の薬箱も銀かなぐはかゞやけども、中の薬は吟味