お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之四)

風流志道軒伝 巻之四 10

我は日本江戸の者にて、深井浅之進と申[す]者なるが、我師風来仙人の教にまかせ諸国の人情をしらんがため、有とあらゆる国々をなん見廻りけるに、此城中の後宮に忍び入[り]、思はずも官女の美なるに心まよひて我本心を失ひし故、師の仙人のとがめにや仙術せんじゆつをこめられし羽扇を焼[か]れて術を失ひ、今ぞ我身を有頂天うてうてん、かくのごとくの丸裸まるはだか馬鹿ばかのむき身と笑[は]れて、異国ゐこくはぢを残さん事、是非に及[ば]ぬ次第なれば、とく/\けいに行はるべしと、詞すゞしく申[し][ぐ]れば、其時帝も群臣も扨々珍しき事かなとて、猶諸国をめぐり見たる事なんど、く

はしく申[し][ぐ]べきため、なはをゆるし衣類をあたへ、様々酒肴をもてなして、帝、太子を始[め]として、百官百りやうせきをつらね、後の方には后よりもろ/\の女官達、日本人の寝言ねごとにあらぬ珍しき事聞[か]んとて、翠簾みすの間に紙なんどはさみつゝ、ひそかにのぞきて聞[き]居給ふ。浅之進、漸[く]心落[ち]着きて、夫より諸国めぐりたる物語をなす事日をかさねければ、諸国の人物、鳥獣、山海の様子までくわしく物語有[り]ければ、帝甚[だ]叡感ゑいかんあり、世界広しとはいへども、我唐土もろこしの五がくにつゞける大山は有[る]まじき、と有ければ、浅之進申[し]けるは、仰[せ]の通り諸国の山の内にては