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風流志道軒伝(ふうりゅうしどうけんでん)

原文(巻之四)

風流志道軒伝 巻之四 05

▼開

以て飾(かざり)たる天子の装束(しやうぞく)を台に載(のせ)、官女達とり/\に浅之進が帯(おび)をとき、装束を着せ替[へ]んとして胸を見れば穴なし。みな/\大に肝(きも)を潰(つぶし)、装束打捨[て]逃入[り]けるが、一間の方かしましく、能[き]男とは云[ひ]ながら、㒵容(かほかたち)に引[き]かへて思ひの外なるかたわもの、胸に穴さへなき形にて此国の主には存[じ]もよらず。大王様へも姫君様へも此由奏聞(そうもん)有[る]べしとつぶやく聲々聞へければ、浅之進もあきれ居たる所へ此国の大臣来[た]りて浅之進に向[ひ]て曰[く]、汝が容(かたち)勝れたれば大王迎(むかへ)て子とせんと宣旨(せんじ)ありしかども、只今官女が申[す]にては胸に

穴なきかたはなるよし。都(すべ)て此国にては智恵(ちゑ)あるものは胸の穴広く、智恵(ちゑ)なき者は穴せまし、故に穴せまき者なんどは高位には登(のぼり)がたし。況(いわんや)穴なきもの天子にはなしがたければ、是までの約束(やくそく)変改(へんがい)あり、早く国境より追[ひ]払へと大王の勅命なれば、此上あと穿胸国に一日も逗留(とうりう)叶はず、いざこざなしに早(はや)立[ち]のけ、と下部はわり竹たゝき立[つ]れば、初の契(ちぎり)引[き]かへて妹脊(いもせ)の縁も浅之進は、我胸をさぐり見れども元より少[し]もあなうたてやと、例(れい)の羽扇に打乗[り]て、 蝦夷(ゑぞ)、 琉球(りうきう)はいふに及[ば]ず、 莫臥尓(もうる)、 占城(ちやんぱん)、 蘇門(そもん)塔刺(だら)、 浡(ぼる)泥(ねう)、 百兒齋亜(はるしや)、