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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之四)

風流志道軒伝 巻之四 05

以てかざりたる天子の装束しやうぞくを台にのせ、官女達とり/\に浅之進がおびをとき、装束を着せ替[へ]んとして胸を見れば穴なし。みな/\大にきもつぶし、装束打捨[て]逃入[り]けるが、一間の方かしましく、能[き]男とは云[ひ]ながら、㒵容かほかたちに引[き]かへて思ひの外なるかたわもの、胸に穴さへなき形にて此国の主には存[じ]もよらず。大王様へも姫君様へも此由奏聞そうもん[る]べしとつぶやく聲々聞へければ、浅之進もあきれ居たる所へ此国の大臣来[た]りて浅之進に向[ひ]て曰[く]、汝がかたち勝れたれば大王むかへて子とせんと宣旨せんじありしかども、只今官女が申[す]にては胸に

穴なきかたはなるよし。すべて此国にては智恵ちゑあるものは胸の穴広く、智恵ちゑなき者は穴せまし、故に穴せまき者なんどは高位にはのぼりがたし。いわんや穴なきもの天子にはなしがたければ、是までの約束やくそく変改へんがいあり、早く国境より追[ひ]払へと大王の勅命なれば、此上あと穿胸国に一日も逗留とうりう叶はず、いざこざなしにはや[ち]のけ、と下部はわり竹たゝき立[つ]れば、初のちぎり[き]かへて妹脊いもせの縁も浅之進は、我胸をさぐり見れども元より少[し]もあなうたてやと、れいの羽扇に打乗[り]て、 蝦夷ゑぞ琉球りうきうはいふに及[ば]ず、 莫臥尓もうる占城ちやんぱん蘇門そもん塔刺だらぼるねう百兒齋亜はるしや