り白昼に入[れ]ども、人是を知る者なし。それより足にまかせて数多の宮殿残る方なく見めぐりけるが、後宮に至[り]て打[ち]ながむれば、三千人の官女紅粉をいろどり、雲のびんづら、霞の眉、玉をつらねし美人の粧。昔、久米の仙人は物洗ふ女の木綿湯具のぴらつきて脛の白く見へしにさへ、通を失ひしためしもあり。かく数多ある美人の中に至りなば、釈迦も黄金の涎をながし、達磨の目玉も絹糸のごとくなるべし。浅之進も心乱[れ]て城外に出[づ]る事を知らず。後宮の隅にかくれて夜な/\官女の閨へぞ忍びけるが、いつとなく
其噂聞[こ]へければ、いかさま変化の所為ならんと宰相以下打集て評定あり。四方八方燈をてらし寓直の武士厳重なれども何事も目にさへぎらず、然れどもかゝる事などは猶やまざりければ、扨は魑魅魍魎のしはざか、又は日本にてはやると聞[く]、姫路におさかべ赤手のごひ、狸のきん玉八畳敷、狐が三疋尾が七ッの類ならば、打[ち]ものわざにてかなふまじ、貴僧高僧に命じて御祈あるべしなんど評議一決せざる処に、宰相申されけるは、都て魑魅鬼神の類ならば足跡なきはづなるに、御庭のところ/\人の足跡