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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之四)

風流志道軒伝 巻之四 07

もせず、牛膝ごしつは牛の膝と覚え、鶴虱くわくしつには鶴のしらみを尋るといふ、古人の詞に違ひなき笑止しやうし千万なる国にぞ有ける。又四角四面なる国あり、其名をぶざ国といひ、又しんござ国とも云[ふ]。此国の人、つら大にして国なまりをいひちらし、他国より来し者におほへいをいへば能[き]事と心得、しつぶかくして女郎にきらはれ、陰で笑はるゝを知らざる程愚なる国なり。又いかさま国となんいへる所に至れば、此国の人寄集よりあつまり舟に乗[り]こぎ出し、樗蒲ちよぼ一島いちしまといふ島へ連行つれゆき、目の一より六ッある猛獣もうじゆうに喰付[か]せてはだかにせんとはかりければ、浅之進も早々にぞにげ

[り]けり。かく様々の苦労くろう艱難かんなん、世界中の国々島々残る所なく廻りければ、羽扇の妙ありとはいへども元気も足も労れければ、朝鮮てうせんに至[り]て人参のぞうすいを喰ふ事二月ばかり、又足を休[め]んにくつきやうのことありとて、夜国やこくに寝ること半年余にして草臥くたびれも直りければ、また羽扇に打乗[り]て唐土へとこゝろざし、清朝しんてうの主、乾隆帝けんりうていの住[み]給ふ北京ほつきんになん至[り]けるに、広き事類なく繁華はんくわ詞にも及[ぶ]べからず。いざや城中に入[り]てながめんとて彼羽扇をに負へば、たちまちに影ぼうしもなく水鏡も見えざれば、しすましたりとゑみふくみて、大門よ