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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之四)

風流志道軒伝 巻之四 04

[び]行けるが、また大なる国あり。此国は穿胸国せんけうこくとて、男女とも押[し]なべて皆むねに穴あり。貴人他所へ行[く]にも竹輿かご乗物はなくして、其胸の穴へ棒を通してかきありけどもいたまず、辻々には賎者いやしきものども棒をたづさへて通りを待[ち]、人をみれば棒やらふ/\となんいへる事、日本のかごやらふといふがごとし。浅之進もかゝれてみんとは思へども、胸に穴なければすべきやうなく、段々奥へ行[く]に随ひて家居も多くにぎやかなれども、流石さすがゑびす国にて、人がらは皆いやしきさまなれば、浅之進を見て上下男女立[ち]つどひ、扨も珍しき風俗、かゝる男の又あるべきにやと引[き]もきらずの人

だかり。日を経るに随[ひ]て国中此沙汰かくれなければ、此国の大孔たいこう王の耳に入[り]、官人を以て浅之進を召[さ]れけるに、朝廷てうてい群臣ぐんしん、皆浅之進が容貌ようぼうの美なるをぞかんじける。此大王に男子なく当年十六歳の姫宮一人まし/\けるが、浅之進の器量きりやうを見給ひ、姫君も大王も此者を婿と定め此国をゆづりあたへんと、群臣をも呼[び][め]て、さま/\評定有けるが、大王の勅命[ちよくめい]といひ姫君の恋人なれば、皆然るべしと万歳をとなへ、いそぎ浅之進をむかへ装束しやうぞくを改[め]んとて、多くの官女達立[ち]つどひ一間なる所へ伴行ともなひゆき、いろ/\の綾錦あやにしきに金玉を