残れるはいぶかしゝ、是にこそてだて段々有馬山、油断する所にあらずと、間ごとの入口に細なる砂を散[ら]し置[き]、寓直の武士、懐中火把を持[ち]て忍びてなん窺ひ居ける。浅之進はかゝる事は露白波の恋の関守うちもねなゝんとつぶやきて、彼羽扇にて身を隠[し]一間なる所へ忍行[く]に、容はさらに見へざれども、散り置[き]たる砂の上、足跡の付[く]をめどにして、忍[び]居たる寓直の武士、彼火把をなげかくれば、飛[ば]んとする間もあらむざんや、惣身に火付[き]て燃上[が]れば、浅之進すべき様なく急ぎ帯を引[き]ほどきつゝ裸になりて飛[び]出[づ]る内、羽扇も小袖も
一時にみな/\灰とぞ成[り]たりければ、丸裸の浅之進が姿忽然とあらわれて、始[め]て人目にかゝりければ、寓直の武士おり重[な]り高手小手にいましめて、帝の前に引[き]出[だ]す。されば楽極[り]て悲生ずるとはかゝる事をや云[ふ]なるべし。宮中にては、ひそかに契て浅之進が身の上を知[り]たる官女は、扨もむざんの事なりと忍び涙に袂をしぼり、又事あらはれなば、いかなる目にか逢[は]なんと心安からざるも多かりけり。帝王は浅之進を御覧ありて、彼が人となりを見るに、其容貌賤[し]からざる者の、何故かゝる術をなして我後宮へ忍び入[り]たりやと尋[ね]給へば、其時浅之進、頭を振[り]上[げ]