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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之四)

風流志道軒伝 巻之四 09

残れるはいぶかしゝ、是にこそてだて段々有馬山、油断する所にあらずと、間ごとの入口に細なる砂を散[ら]し置[き]寓直とのゐの武士、懐中くわいちう火把たいまつを持[ち]て忍びてなん窺ひ居ける。浅之進はかゝる事は露白波つゆしらなみの恋の関守せきもりうちもねなゝんとつぶやきて、彼羽扇にて身を隠[し]一間なる所へ忍行[く]に、かたちはさらに見へざれども、散り置[き]たる砂の上、足跡の付[く]をめどにして、忍[び]居たる寓直とのゐの武士、彼火把たいまつをなげかくれば、飛[ば]んとする間もあらむざんや、惣身に火付[き]もへ[が]れば、浅之進すべき様なく急ぎ帯を引[き]ほどきつゝはだかになりて飛[び][づ]る内、羽扇も小袖も

一時にみな/\灰とぞ成[り]たりければ、丸はだかの浅之進が姿忽然こつぜんとあらわれて、始[め]て人目にかゝりければ、寓直とのゐの武士おり重[な]り高手小手にいましめて、帝の前に引[き][だ]す。されば楽極[り]て悲生ずるとはかゝる事をや云[ふ]なるべし。宮中にては、ひそかにちぎりて浅之進が身の上を知[り]たる官女は、扨もむざんの事なりと忍びなみだたもとをしぼり、又事あらはれなば、いかなる目にか逢[は]なんと心安からざるも多かりけり。帝王ていおうは浅之進を御覧ありて、彼が人となりを見るに、其容貌ようぼう[し]からざる者の、何故かゝるじゆつをなして我後宮こうきうへ忍び入[り]たりやと尋[ね]給へば、其時浅之進、頭を振[り][げ]