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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之一)

風流志道軒伝 巻之一 12

もち、女の子、三絃さみせん、じやうるり、たいこもちの類なれば、和氏くわしたまの夜光なるは知らじと、我もそれより世をのがれ、山林にかくれ木のを食してうゑをしのぎけるが、いつとなく仙術せんじゆつを得て飛行ひきやう自在じざいの身となり風にまかするからだなれば、みづから風来仙人と号して五百余年の星霜せいそうたり。今の世の風俗は知[ら]ねども、汝出家をやめたりとも必[ず]/\芸能げいのうを以[て]ほこる事なかれ。また誠の道を以てするとも却[つ]て俗人近寄ちかよらざれば、後には世をすつるか世にすてらるゝの外には出[で]ざるべければ、只東方朔とうぼうさくが昔を追[ひ]滑稽ひやうひやくを以て人を近寄[せ]、よく

近くたとへをとりて俗人を導[く]べしと。此時浅之進、すゝみ出て申[し]けるは、謹[ん]で先生の教をうく、しかれども我若年にして人情にくわしからず、此事如何してかしかるべき。其時、風来仙人手に持[ち]し羽扇をあたへて曰[く]、是は我仙術の奥義をこめし団扇うちわなり。そも/\此団扇を以てあをげば、あつき時は涼風すゞしきかぜ[で]さむき時はあたゝかなる風を生じ、飛[ば]んと思へば羽ともなり、海川にては船ともなり、遠近を知[り]幽微ゆうびを見る。身をかくさんと思へばたちまちに見へざる奇妙きめう希代きたいの重宝なり。是を以て天地の間を往来し諸国の人情を知[る]べし。只人情の至[る]処は色欲しきよく