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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之一)

風流志道軒伝 巻之一 08

朽果くちはてんは本意ならず。願[はく]ば先生、我にぎやうとすべき道を教[へ]よ。其時、仙人羽扇をあげて曰[く]、汝よく我言を信ず。今、我身の上と汝が生涯せうがいしめさん。我は其昔、元暦年中の生れにて、源平の戦なんどは稚心の耳にのこり、漸[く]天下おさまりて鎌倉将軍、政をもつはらにし諸人太平のくわをたのしむ。我は片田舎かたゐなかひとゝなりけるが、つく/\思ひめぐらすに、高祖は三尺のけんひつさげ漢朝かんてう四百年のもとひをひらき、相将しやう/\あにたねあらんやとは陳渉ちんしやうが詞なり。今諸国の大小名を見るに、頼朝、義経の騏尾きびについて、匹夫ひつぷよりして家をおこすものすくな

らず。我は治世にそだちたれば、剣戟けんげきおこさんは天にさかふの罪あり。然[ら]げいを以て家をおこさん事を思ふ。しかはあれども世の俗人の芸と称する茶の湯は、古茶碗ふるちやわん、竹べらなんどに千金をつひやして、四畳半の気づまりに、手づからにじり込の草履ぞうりをつかむ事、大丈夫のわざにあらず。立花は一ぺいの中に千草万木の趣をこむるといへども、釘にて打[ち][け]、はりがねにてため直す事、自然の風景にあらず。碁を打[つ]ものは、ならべてくづし、くづしてならべ、其智三百六十目の外に出[で]ず。此人死[し]ては西さいの河原へ行[き]て、一目打[つ]ては父恋し、二目打[つ]ては母恋し