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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之一)

風流志道軒伝 巻之一 10

我自由にならぬ。具足ぐそくの虫干見るごとく四角八面に喰[ひ]しばつても、ない知恵は出[で]ざれば却[つ]て世間なみの者にもおとれり。是を名付[け]腐儒くされがくしやといひ、またへッぴり儒者ともいふ。されば味噌のみそくさきと学者の学者くさきは、さん/\のものなりとて、又是を見破[り]たる先生たち宋儒そうじゆ頭巾気づきんぎととなへ出せし卓見たくけんも、角を直さんとて牛をころす。其末流まつりうの木の葉儒者には、猪牙ちよきに乗[り]てひちりきをふき三絃さみせん唐音とういんのせ、甚しきに至[り]ては天下をめぐらたなこゝろの内にお花とやらをめぐらする言語ごんご同断どうだんの学者も有よし。

是皆中庸ちうようを知[ら]ざると鼻毛はなげをぬかざるより起りたるたはけなり。唐は唐、日本は日本、昔は昔、今は今なり。三代といへども礼学れいがくは同じからず。立[つ]て供するが礼なりとて、今貴人の前で立[た]れもせず。聖人の政なりとて井田せいでんの法を行[は]ば、百姓どもには安本丹の親玉にせられなん。しかれども不学無術ふがくむじゆつにては、もとより行[ふ]べきにあらず。只すみかねを能[く]覚へて手のきゝたる大工と、きたひのよひ刀を能[く]とぎたるにあらずんば、大功はなしがたし。我もまた、なまくらならねば鎌倉かまくらに至[り]て人間のえきをなさんと裏店うらだなふち