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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之一)

風流志道軒伝 巻之一 03

きかしづき、初春祝ふ破魔はま弓も千年を我子へゆづりはと、人ももちゐの鏡より幟画のぼりゑじやううばも猶いつまでかいきの松、是も久しき親心のまよいなるべし。或は髪置かみおき袴着はかまぎなんど光陰は鉄砲てつほうのごとし。浅之進、七、八歳の頃より寺入の初清書、人の親の心はやみにあらねども、子を思ふ闇に真黒な牛の角文字ゆがみなりも、器用きような手筋とほめそやし、はやそろ/\と大学は孔氏の遺書にして、初学とくに入[る]にも出るにも人を付[け][き]、なをざりならぬ養育よういくにまた生性うまれつき勝れたれば、人心付[く]頃よりさい

そう応対おうたい進退しんたいせつも年よりはおとなしく、弓馬の道は云[ふ]もさらなり。立花、茶の湯、鞠、楊弓やうきう、詩歌、連俳を始[め]として其余の芸能ぬけめなく、十五歳に成[り]ければ父母つく/\と思ふ、仏に祈[り]て産[み]たる子といひ、又かく人に勝れて発明はつめいなる子は、必[ず]短命たんめいなるものなり。其後は不思議にも二男三男の出来たるこそ幸[ひ]なれば、何とぞ此子を出家させば、自[ら]長命なるべく、また先祖の菩提ぼだいをも問[は]せんと其よしかくと告ければ、さのみ望[み]にはあらざれども父母の命もだしがたく、それより世々の旦那寺なれば光明院といへる寺へぞ遣しける。浅之進は