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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之一)

風流志道軒伝 巻之一 05

とおほきになりまさりて、たちまち[き]程の人になりて、其形のけそうなる事世に類なく、玉のかんばせみどりまゆ、三十二相の形をそなへ、浅之進を見てゑみを含めば、覚[え]ずも心とろけてゑゐがごとく。彼美女はしづ/\と庭に立[ち][で]かへりみして浅之進をさしまねく。浅之進も庭におりたちけるに、彼女手をたづさへいとしづかにつき山のあたりへ歩行あゆみゆきさき[れ]たる桃花の下、石なんどのありて其中に小きあなの有けるが其穴の中へ伴ひ行[き]たり。此穴、上より見たる時はわづか五六寸の穴なりけるが、行[く]時はまた人の通ふべき程の道とぞ成[り]たり。

[く]こと十間あまりになれば其内平にして、犬鶏の聲なんどのほの聞えて、さま/\の木草おひしげり、梅が枝に木伝ふ鶯あれば、かたへには卯の花の垣根かきねいと白く、雲井には子規ほとゝぎすのおとづれ、紅葉に鳴[く]小男鹿さおしかの聲、或はまた川風さむみ千鳥のむれ居て、雪の降しく処もあり。四時の果実くわじつ時をあらそひ、砂の色も常ならず、行[く]水の音までも其清々たる事また有べきにもあらず。それよりはるか歩行あゆみゆけば、ゑならぬ匂ひのかをりて、管弦くわんげんの音ほの聞えつゝ、玉をかざれる楼閣ろうかくあり。金銀の砂を敷[き]