右に羽扇を持[ち]て浅之進をさしまねき、善哉/\、汝教べき事ありて、我仙術を以て招寄たり、少[し]もあやしむべからずとて、近寄[る]を見れば、形はさながら老人めけども、顔色は玉のごとく、年の頃三十歳に過[ぎ]ず。髪黒く髭長く、目の中さわやかにて、威有[つ]て猛からざる姿なれば、浅之進はひざまづきて是を拝す。其時、仙人告て曰[く]、汝元来生れつき衆人に優れたるに、父母仏法にとらかされ出家させんとする事、金を泥中へ抛がごとし。我是を救[は]んがため汝を爰にまねけり。それ仏法は寂滅を教とし地獄
極楽なんど名を付[け]て愚痴無智の姥嬶を教[ふ]る方便にして、智ある人を導べき教にはあらず。人は陰陽の二ッを以て体をなす。譬ば、石と金ときしり合[ひ]て火を生ずるがごとし。火の薪ある内は人の一生のごとし、火消[ゆ]る時、跡に残所の炭は即[ち]死骸なり。其時消たる火、地獄へ行[く]や極楽へ行[く]や、汝此行衛をしらば地獄極楽有とすべしと。浅之進手を拍て大に悟て曰[く]、先生の教を受て是までの迷豁然として夢の覚たるがごとし。今より出家の志を止べし。しかれども人世の中にありて、只草木と共