稚心に思ふ様、我好[み]て出家せんとにはあらざれども父母のかく宣ふは偏に仏縁のなす所なれば、此上は一筋に仏法の奥儀を極て天下の名僧と成[り]て衆生を済度せんものと、日夜朝暮、仏経に眼をさらし、行住坐臥の勤おこたらず。学問の外余の交は、夏の夜の花火見に誘れても俗人のたのしみまさに電光石火のごとしと悟、春は飛鳥山の花盛[り]も、むれつゝ人の来るのみぞあたら桜のとがには有けりとつぶやきて、雪を寄、蛍を集こそ故人の心なんめりと、独竹窓のもとに日ぐらし硯に
むかいて見ぬ世の人を友とし、四方の景色うらゝかに春しり顔に咲乱たる庭前の桃の盛なるに仙境の趣を思ひ出[し]つゝ、余念もなき折から、軒に巣をくふ燕の窓より内に飛[び]入[り]つゝ机の上におり居たり。浅之進は身を動[かさ]ば燕の驚[か]んかとひそまりて見る内に、彼燕机の上に卵を一ッ産落て何ちともなく飛[び]行[き]けり。浅之進は卵を取上[げ]、巣もあらば入[れ]なんと思ふ内、彼卵二ッに破て中より人の形したるものぞ出[で]たりける。昔竹採の翁が竹の中より取得たる赫奕姫の類ならんかと打[ち]守[り]て居る内にすく/\