お江戸のベストセラー

根南志具佐ねなしぐさ

原文(三之巻)

根南志具佐 三之巻11

そうじてむかしは人間にんげん質朴しつぼくにありしゆゑどくといふものはくはこと心得こゝろえ河豚ふぐおそるゝこと蛇蝎じやかつのごとくなりしが、次第しだいひとこゝろ放蕩はうとうになりゆき、 どくしつこれしよくひとに、きみたるかたこれうれひ給ひて、河豚ふぐふてしゝたるもの其家そのいへ断絶だんぜつとまでりつをたてゝ、かみじんこのめどもしもこのまず。ふぐや/\と大道だいだううり歩行あるき煮売店にうりみせにもおほやけ出置だしおくことかみをかろんずるのはなはだしきといひ、父母ふぼより受得うけえたる身体しんたい髪膚はつぷ口腹こうふくためほろぼさんこと五刑ごけいるゐ三千さんぜんにしてつみ不孝ふかうよりおほいなるはなしとふ、聖人せいじんおしへ

そむくこと天命てんめいのがるゝところなし。あまつさへ河豚ふぐなきときは、ほかさかなをふぐもどきと名付なづけくらことなげかはしきことなり。古人こじんことばにも、ろうゑがい其内そのうちせずとは、かりにもけがれたるきらふことなり。非礼ひれいることなかれ、非礼ひれいきくことなかれとまをすことをらざる世上せじやう文盲もんもうなるものは是非ぜひもなし。小文才こぶんさいあるおとこあるひひとどくだちなどをおしふ医者いしやなんどにこのんでくらふものあり。是等これら一向いつかうしよくをむさぼる犬猫いぬねこのごとし。かくみだれたる風俗ふうぞくなれば、菊之丞きくのぜう河豚ふぐすきなるべけれども、てんときもつまをさば、いま水無月みなつき