お江戸のベストセラー

根南志具佐ねなしぐさ

原文(三之巻)

根南志具佐 三之巻02

なば、其祟そのたゝりは、三途川さうずかはかはざらへか極楽ごくらく御修復ごしゆふくなど仰付おほせつけられては、近年きんねんおしなべて金魚きんぎよ銀魚ぎんぎよはまはらず、ほう/\より緋鯉ひごひにせつかれ、世間せけんのしびも白魚しらうをのひしことつまりし時節じせつなれば、はなはだ難儀なんぎたるべし。もし逆鱗げきりんつよきときは、 我々われ/\この水中すゐちうはなれていかなるところへか追立おひたてられん。もし三十三天さんじふさんてんうちなどへ左遷させんなどゝあるときは、 道中だうちうにて皆々みな/\枯魚ひものとなるべければ、仮初かりそめならぬ一大事いちだいじいそ菊之丞きくのぜう召捕めしとるべき思案しあんあるべしとのおふせいち上座じやうざたるくじらゆう

/\と立出たちいでまをしけるは、おほせとほ御上おかみ御大事おだいじ此時このときなり。私儀わたくしぎ不肖ふせうながらいへがらたるをもつて、代々だい/\大老たいらうしよく相勤あひつとめこれ並居なみゐわに鯋魚ふかなんども家老からうつらなり、しびまぐろなどは用人ようにんつとむれば、彼等かれらとも内々ない/\評議へうぎいたせしところ所詮しよせん人界にんがい様子やうすくはし聞届きゝとゞけたるうへならでははかりごといでまじく存付ぞんじつき手下てした者共ものどもうちにて才覚さいかくあるものどもをしのびにつかはおきたれば、さだめ様子やうす相知あひしれなんとまをすことばおはらぬところ御注進ごちうしんよばはり/\、真黒まつくろになりてころ/\とこけいづるは、本所辺ほんじよへん住居すまゐする業平蜆なりひらしゞみにてぞ