お江戸のベストセラー

根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(三之巻)

根南志具佐 三之巻04

▼開

思(おも)ふ内(うち)に、きびらの帷子(かたびら)着(き)て小紋(こもん)羽織(はおり)を手(て)に提(さげ)た男(おとこ)来(きた)りて、お娘(むす)はいよ/\やらしやるつもりに相談(さうだん)はきまりましたか。一昨日(いつさくじつ)もいふ通(とほ)り、向(むかふ)は国家(こくか)の御大名(おだいみやう)、お妾(めかけ)の器量(きりやう)えらみ、中(ちう)ぜいで鼻筋(はなすぢ)の通(とほつ)た豊後(ぶんご)ぶしを語(かたる)のがあらばとの事(こと)。爰(こゝ)なお娘をすりみがきしたら、いけそふなものかと思(おも)ふ。殊(こと)に先様(さきさま)御好(おこのみ)の豊後節(ぶんごぶし)はなるなり、弥(いよ/\)やらしやるなら、文字(もじ)に頼(たのん)で弟子分(でしぶん)にして貰(もら)ひ済(すま)せる様(やう)にしませう。支度金(したくきん)は八拾両(はちじふりやう)、世話(せわ)ちんを二わり引(ひい)ても八々(はつぱ)六(ろく)拾四(よ)両の手取(てどり)。もし若殿(わかとの)でも産(うん)で

見(み)やしやれ、こなた衆(しゆ)は国取(くにどり)の祖父様(ぢゝさま)、祖母(ばゝ)さまなれば、十人(ぢふにん)扶持(ふち)や二十人(にじふにん)ふちは、棚(たな)に置(おい)た物取(ものとる)よりはやすい事(こと)。いよ/\やらしやる合点(がてん)かといへば、夫婦(ふうふ)はよろこび、イヤモ御深切(ごしんせつ)なおせわの段々(だん/\)、どれかゝ、小半(こなから)買(か)ふて来(こよ)ふと、仏壇(ぶつだん)の下戸棚(したとだな)からはした銭(ぜに)とり出(いだ)し、かんなべさげて足(あし)も空(そら)、どぶ板(いた)ふみぬきながら裾(すそ)をまくつて走(はし)り行(ゆく)。かつぎし男(おとこ)は付込(つけこん)で、御祝(おいはひ)に蜆(しゞみ)買(かい)しやれと云(いふ)を聞(きく)より、もし我等(われら)も売(うら)れてはなるまいと大勢(おほぜい)を押退(おしのけ)て籔(ざる)の底(そこ)へかゞんで、ちいそふなつて聞(きゝ)居(ゐ)ければ、女房(にようばう)は盃(さかづき)を洗(あらひ)ながら、けふ