思ふ内に、きびらの帷子着て小紋羽織を手に提た男来りて、お娘はいよ/\やらしやるつもりに相談はきまりましたか。一昨日もいふ通り、向は国家の御大名、お妾の器量えらみ、中ぜいで鼻筋の通た豊後ぶしを語のがあらばとの事。爰なお娘をすりみがきしたら、いけそふなものかと思ふ。殊に先様御好の豊後節はなるなり、弥やらしやるなら、文字に頼で弟子分にして貰ひ済せる様にしませう。支度金は八拾両、世話ちんを二わり引ても八々六拾四両の手取。もし若殿でも産で
見やしやれ、こなた衆は国取の祖父様、祖母さまなれば、十人扶持や二十人ふちは、棚に置た物取よりはやすい事。いよ/\やらしやる合点かといへば、夫婦はよろこび、イヤモ御深切なおせわの段々、どれかゝ、小半買ふて来ふと、仏壇の下戸棚からはした銭とり出し、かんなべさげて足も空、どぶ板ふみぬきながら裾をまくつて走り行。かつぎし男は付込で、御祝に蜆買しやれと云を聞より、もし我等も売れてはなるまいと大勢を押退て籔の底へかゞんで、ちいそふなつて聞居ければ、女房は盃を洗ながら、けふ