お江戸のベストセラー

根南志具佐ねなしぐさ

原文(三之巻)

根南志具佐 三之巻10

われまいらんといふもの一人ひとりもなきところに、おくかたすゞおとして、いとなまめける姿すがたにて立出たちいづるをれば、頬高ほうたか鼻小はなちいさく、はひきくはらふくれたるは、まがふかたなき乙姫おとひめ召使めしつかはるおはしたのお河豚ふぐなり。しよ歴々れき/\並居なみゐ真中まんなかおめるいろなく立出たちいで龍王りうわうまへかしこまり、最前さいぜんからの御評議ごへうぎ一々いち/\あれにてきゝやんすれば、大切たいせつのお使つかひ皆様みなさまこまりなさんすよし、龍王様さま御案おあんもじが御笑止おせうしさに、ひめごぜの大胆だいたんながら、わつちが思案しあん申上まをしあげます。人毎ひとごとにわつちをば、植木屋うゑきやむすめなんぞのやうに、どくじや/\といひふら

され、はらたつほうをふくらせば、おふく/\とわらはれしが、わざはひ三年さんねん今度こんど御用ごよううけたまはり、きみなさけせう百年ひやくねんいのちすて菊之丞きくのぜうはら飛入とびいり連来つれきたらんは、ほんに/\こゝろおぼへがありますと、 しろいをむきいだくちをすぼめて申上まをしあぐれば、龍王りうわう思案しあんていかたはらにひかえたる棘鬣魚たひひれたゞしてしづ/\と立出たちいで、かやうにまをせば物知ものしかほたれども、僕儀ぼくぎなにによらず祝儀しうぎせきをはづさず、仁義礼智のはしくれもおぼへしとて儒者じゆしやかずくはへらるれば、かゝるおりから差扣さしひかへんも尸位素餐しいそざんにてさむらへば、覆蔵ふくぞうなく申上あげん。