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根南志具佐ねなしぐさ

原文(三之巻)

根南志具佐 三之巻03

ありける。龍王りうわう御聲おんこゑたかく、彼等かれらごとき下郎げらうたりもはなはだいそぎのことなればぢききくべきとの御諚ごぢやうしゞみおそいりくちあけ私儀わたくしぎ人界にんがいしのびの役目やくめうけたまはり、ざるなかへはかりこまれ、ひとかたにかつがれ、方々はう/\歴廻へめぐり、大抵たいてい人界にんかい様子やうすうけたまはりてまいりたり。まづわたくし罷通まかりとほりしところは、処々しよ/\新道しんみち裏店うらだな第一だいいちなれば、大名たいみやう小路こうぢ勿論もちろんとほすぢなどの様子やうすぞんぜず。まづはじめまゐりしところにて、なにかはらずわたくしをかつぎしおとこ一升いつせう十五文じふごもんまをせば、としころ三十さんじふばかり女房にようばう立出たちいで五文ごもんにまけろとふ。かつぎしおとこはらたて、とつぴよふずも

ない盗物ぬすみものではあるまいし、半分はんぶんからでもそふはらないとあくたいついて立出たちいづれば、あとにて女房にようばうさしも小美こうつくしかほしながら、えいかとおもふていけすかないごてれつめ、そんなあくたいはうぬがかゝにつけろとはりこみこゑのほのきこへても、かつぎしおとこきかかほして、しゞみや/\とうりとほれば、とある格子かうしづくりのうちに、かなきつたこゑではなたれむすめ三弦さみせんをぞひきたる。この龍宮界りうぐうかいにてはこと三弦さみせんなどは能衆よいしゆばかりのもてあそびかとおもひしに、かゝるちいさくらしにて姫に三弦ひかすとは、扨々さて/\人間にんげんふものはおごりしものかなと