ありける。龍王は御聲高く、彼等ごとき下郎たりも甚急ぎの事なれば直に聞べきとの御諚。 蜆恐れ入て口を明、私儀人界へ忍びの役目を承り、籔の中へはかり込れ、人の肩にかつがれ、方々と歴廻り、大抵人界の様子承りて参りたり。先私罷通りし所は、処々の新道裏店が第一なれば、大名小路は勿論、通り筋などの様子は存ぜず。先始参りし所にて、何かは知らず私をかつぎし男、一升十五文と申せば、年の頃三十計の女房立出、五文にまけろと云ふ。かつぎし男腹を立、とつぴよふずも
ない盗物では有まいし、半分殻でもそふは売らないと悪たいついて立出れば、後にて女房さしも小美い㒵しながら、えいかと思ふていけすかないごてれつめ、そんな悪たいはうぬがかゝにつけろとはり込聲のほの聞ても、かつぎし男は聞ぬ㒵して、蜆や/\と売て通れば、とある格子作りの内に、かなきつた聲ではなたれ娘が三弦をぞ弾居たる。此龍宮界にては琴三弦などは能衆ばかりの翫かと思ひしに、かゝる小き暮にて姫に三弦弾すとは、扨々人間と云ふものはおごりしものかなと