お江戸のベストセラー

根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(三之巻)

根南志具佐 三之巻09

▼開

なると経文(きやうもん)にもなきうそ八百をつきちらし、堂(だう)の寄進(きしん)、釣鐘(つりがね)のほうがなどいひ立(たて)衆生(しゆじやう)をたぶらかすゆゑにや、いつとなく化物(ばけもの)仲ヶ間(なかま)へ入(いれ)られ、 姫路(ひめぢ)のおさかべ赤(あか)手(て)ぬぐひと一口(ひとくち)に謡(うたは)るゝ事(こと)、 仏(ほとけ)の教(おしへ)に有(ある)べき事(こと)にもあらざれども、御上(おかみ)にも能(よく)御存(ごぞんじ)の上(うへ)からは、隠(かくす)べきにもあらず。しかし他所(たしよ)の御用(ごよう)ならば、人間(にんげん)をたぶらかすは坊主共(ばうずども)の得手(えて)ものなれば、早速(さつそく)御請(おうけ)申上(まをしあぐ)べけれど、此度(このたび)の御用(ごよう)には心苦(こゝろぐるし)き事(こと)の侍(はべ)る也(なり)。其故(そのゆゑ)は、涼船(すゞみぶね)の往来(わうらい)する両国(りやうごく)永代(えいたい)の辺(へん)には見(み)せもの師共(しども)甚(はなはだ)多(おほ)く、唐鳥(からとり)、熊女(くまおんな)、碁盤娘(ごばんむすめ)なども

古(ふる)く、孔雀(くじやく)にも入(いり)がなければ、犬(いぬ)にかるわざをさせ甘薯(さつまいも)に笛(ふえ)まで吹(ふか)せる程(ほど)の者共(ものども)、何(なに)がな珍(めづら)しき物(もの)見出(みいだ)さんと鵜(う)の目(め)鷹(たか)の目(め)にてさがし求(もとむ)れば、 私(わたくし)などのやうなる異形(いぎやう)の者(もの)、あの辺(へん)へ㒵出(かほだ)しせば忽(たちまち)にからめとられ、憂目(うきめ)を見(み)んは案(あん)の内(うち)なり。もとより出家(しゆつけ)の事(こと)なれば、死(しす)る命(いのち)はいとはねども、大切(たいせつ)の御用(ごよう)、間違(まちがは)ん事(こと)本意(ほい)なく覚(おぼ)ゆれば、 余人(よじん)に仰付(おふせつけ)らるべし。縁(えん)なき衆生(しゆじやう)は度(ど)しがたし、仮(たとい)寺(てら)を開(ひらく)とも此儀(このぎ)は御辞退(ごじたい)申上(まをしあげ)んと、 魚溜(うをたま)りへぞ引退(ひきしりぞ)く。当時(たうじ)諸人(しよにん)に敬(うやまは)れ、智識(ちしき)呼(よば)るゝ海坊主(うみばうず)さへ御辞退(ごじたい)申上(まをしあぐる)からは