もてはやされ、今三ヶ津に此年にて此芸なしとの是沙汰、末頼もしき若者にてぞ有ける。頃しも水無月の十日あまり、わけて今年は、去し頃霖雨の降つゞきて、俄に照あがりたる跡なれば、暑はいつよりも強、風見は作付たるがごとく、草は画るに似たり。道行人は汗となりて消なんかと苦、犬の舌は解て落んかと疑ふ人/\、暑をさけん事をのみはかりけり。菊之丞も我家にありて暑をなん苦居ける処に、同じ若女形、荻野八重桐来りけるが
同座の勤といひ、共に戴紫ぼうしのゆかり色も有中なれば、心置べきにしもあらず、そこらを三保の松ならで、羽衣をぬひで掛ざをの掛かまいなく打解れば、菊之丞が妻は馳走ぶりと、後から扇の風も既にそよ/\深川にて、人なれし者なれば、葛水もつめたい所へ心を付てのもてなし。一ツ二ツの物語も半は暑の噂なるが、 八重桐が云けるは、わけて今年は暑もつよき故、 涼船の多き事、是までになき賑ひなり。幸此砌は芝居も休の事なれば、一日出なんはいかにと云ふ。菊