お江戸のベストセラー

根南志具佐ねなしぐさ

原文(二之巻)

根南志具佐 二之巻07

申楽さるがくといふ。其後そののちひとさるくび尻尾しつぽとを打切うちきつ田楽でんがくがうして、もつぱらおこなはれけり。其後そののちかこみをとりて十楽じふらくなどゝも名付なづくべきを、 永禄えいろくころ出雲いづものおくにといへる品者、江州ごうしう名古屋なごや三左衛門さんざゑもんとなんいへる、まめおとこ夫婦ふうふとなり歌舞伎かぶきをかへ、今様いまやう新狂言しんきやうげんいだす。それより千変せんへん万化ばんくわうつりかはり、江戸えど江戸風えどふうきやう京風きやうふうわかれ、ものところによりてかはるなり、浪華なには芦屋あしや道満だうまんが、伊勢座いせざから名古屋なごや繁昌はんじやう安芸あき宮島みやじま備中びつちう宮内みやうち讃岐さぬき金毘羅こんぴら下総しもふさ

銚子てうしまで行渡ゆきわたらぬところもなく、三歳さんさい小児せうに団十郎だんじふらうといへばにらむことゝ心得こゝろえ犬打いぬうつわらはも、ぐにやつくこと冨十郎とみじふらうなりとおぼゆ。されば太平たいへいもてあそびひとくわするのみちにして、孟子まうしにいはゆる世俗せぞくがくたりとも、またすつべきにはあらず。しかはあれども高貴かうきひとみづからそのわざをまなび、 烏帽子ゑぼしかゝかほ紅白粉べにおしろいにてぬりよごし、 まつりごとをもだんずべきくちにて、せりふなど吐出はきいだして、みづからたのしみとおぼゆるは、かたはらいたきことなり。あるおろかなるひとわれしゝさきしやうは松魚になり