お江戸のベストセラー

根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(二之巻)

根南志具佐 二之巻07

▼開

申楽(さるがく)といふ。其後(そののち)の人(ひと)、申(さる)の字(じ)の首(くび)と尻尾(しつぽ)とを打切(うちきつ)て田楽(でんがく)と号(がう)して、専(もつぱら)行(おこなは)れけり。其後(そののち)は田(た)の字(じ)の口(かこみ)をとりて十楽(じふらく)などゝも名付(なづく)べきを、 永禄(えいろく)の頃(ころ)、出雲(いづも)のお国(くに)といへる品者、江州(ごうしう)の名古屋(なごや)三左衛門(さんざゑもん)となんいへる、まめ男(おとこ)と夫婦(ふうふ)となり歌舞伎(かぶき)と名(な)をかへ、今様(いまやう)の新狂言(しんきやうげん)を出(いだ)す。夫(それ)より千変(せんへん)万化(ばんくわ)に移(うつり)かはり、江戸(えど)は江戸風(えどふう)、京(きやう)は京風(きやうふう)と分(わか)れ、物(もの)の名(な)も所(ところ)によりてかはるなり、浪華(なには)の芦屋(あしや)道満(だうまん)が、伊勢座(いせざ)から名古屋(なごや)の繁昌(はんじやう)、安芸(あき)の宮島(みやじま)、備中(びつちう)の宮内(みやうち)、讃岐(さぬき)の金毘羅(こんぴら)、下総(しもふさ)の

銚子(てうし)まで行渡(ゆきわた)らぬ所(ところ)もなく、三歳(さんさい)の小児(せうに)も団十郎(だんじふらう)といへばにらむことゝ心得(こゝろえ)、犬打(いぬうつ)童(わらは)も、ぐにやつく事(こと)は冨十郎(とみじふらう)なりと覚(おぼ)ゆ。されば太平(たいへい)の世(よ)の翫(もてあそび)、人(ひと)を和(くわ)するの道(みち)にして、孟子(まうし)にいはゆる世俗(せぞく)の楽(がく)たりとも、また捨(すつ)べきにはあらず。しかはあれども高貴(かうき)の人(ひと)、自(みづから)其(その)わざを学(まな)び、 烏帽子(ゑぼし)の諸(を)も掛(かゝ)る顔(かほ)を紅白粉(べにおしろい)にて塗(ぬり)よごし、 政(まつりごと)をも談(だん)ずべき口(くち)にて、せりふなど吐出(はきいだ)して、みづから楽(たのしみ)とおぼゆるは、片(かた)はらいたき事(こと)なり。或(ある)愚(おろかなる)人(ひと)、我(われ)死(しゝ)て先(さき)の生(しやう)は松魚になり