本に殺れても見るやと理屈いふべけれども、 是又左ふあらず。悪き事は似せる事易し、譬芝居でなくとも悪人になるは、何のぞうさもなき事なり。只、善に移る事は勤ずんばなりがたし。 殊に男にて女と見せる事は、至て心を用ずんば上手には成がたし。小伝次がたしなみ、誠に感ずべき事なんめり。近年は、若女形にて舞台へ出たる処はやさしく見ゆれども、常の身持は、けふもあさつても鮫鞘の大脇指をぶつこみ、うでまくりして茶碗で清左をも
ぢりちらし、無上にたれをかきさがしまはした跡でのはりこみ悪たい、舞台で見た時の仕打とは、お月様とひし餅、下駄と人魂程違ふたるよし、 仮一応評判よくとも、名人の名を得る事には至りがたかるべし。かゝる中にも蓮葉の濁にしまぬ玉の姿、瀬川菊之丞となんいへる若女形あり。 此人、先菊之丞が実生にはあらかねの土の中より掘出したる分根なるが、二葉の時よりも生立野菊の類にあらずと、評判は高作、器量は外に並夏菊と