お江戸のベストセラー

根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(二之巻)

根南志具佐 二之巻10

▼開

りの権大(ごんだい)僧都(そうづ)の官(くわん)にのぼる様(やう)に心得(こゝろえ)て、気(き)と給金(きふきん)計(ばかり)が高(たか)く成(なり)て、修行(しゆぎやう)すべき芸(げい)は学(まなば)ず、兎角(とかく)女(おんな)に思(おも)ひ付(つか)るゝを第一(だいいち)とし、我(われ)より目上(めうへ)なるをも非(ひ)に見(み)なし、味噌(みそ)を上(あぐ)ればよいことゝ心得(こゝろえ)て、 作者(さくしや)の詞(ことば)をも用(もちひ)ず、縦(たとひ)一花(いつくわ)の思(おも)ひ付(つき)にて評判(へうばん)を取(とる)といへども、其(その)おとろへの早(はや)きこと鉄砲(てつぽう)の玉(たま)に帆(ほ)を掛(かけ)たるがごとし。是皆(これみな)、心(こゝろ)を用(もちふ)る事(こと)疎(うとき)が故(ゆへ)なり。今(いま)は昔(むかし)、沢村(さわむら)小伝次(こでんじ)といへる若女形(わかおんながた)、 河内(かはち)の藤井寺(ふぢゐでら)の開帳(かいてう)へ参(まゐ)りて小山(こやま)といふ処(ところ)に宿(しゆく)しけるが、小伝次(こでんじ)曰(いはく)、一日(いちにち)竹輿(かご)にゆられて血(ちの)

暈(みち)がおこりしといへるを、連(つれ)にて有(あり)ける竹中(たけなか)半三郎(はんざぶらう)、小松(こまつ)才三郎(さいざぶらう)、尾上(おのへ)源太郎(げんたらう)など笑(わらつ)ていはく、いかに女形(おんながた)なればとて男(おとこ)に血暈(ちのみち)とはと腹(はら)をかゝへけるを、其座(そのざ)に西鶴(さいくわく)も居合(ゐあはせ)けるが、大(おほい)に感(かん)じ曰(いはく)、稚(おさなき)より形(なり)も詞(ことば)も女のごとくならんと日頃(ひごろ)にたしなみしより、仮初(かりそめ)の頭痛(づつう)も血暈(ちのみち)と覚(おぼ)えしは、扨(さて)/\しほらしき事(こと)なりといへるとなり。 実(げ)に其業(そのわざ)を専一(せんいち)に勤(つとむ)るものは、皆々(みな/\)かくのごとくありたきものなり。然(しから)ば敵役(かたきやく)は常(つね)に人(ひと)をいじめ、或(あるひ)は芝居(しばゐ)でするごとき悪工(わるだくみ)をして日(ひ)に二三度(にさんど)も