お江戸のベストセラー

根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(二之巻)

根南志具佐 二之巻06

▼開

聲(ごゑ)あり、太神(おほんがみ)御聲(おんこゑ)うるはしく、今(いま)朕(ちん)が岩戸(いはと)をたてん、いやたてさせじと争(あらそふ)ところに暫(しばらく)と留(とめ)て出(いで)たは何者(なにもの)なるぞ、と宣(のたま)ふ内(うち)、拍子木(ひやうしぎ)俄(にわか)に、くわた/\/\、大薩摩尊(おほさつまのみこと)浄瑠璃(じやうるり)をかたり給へば、切幕(きりまく)をさつと明(あけ)、柿(かき)のすはうに大太刀(おほだち)はき、市川流(いちかはりう)の㒵(かほ)のくまどり、鬼(おに)か、イヽンニヤ、神(かみ)か、ムヽエイ手力雄尊(たちからをのみこと)だモサア、とせりふに味噌(みそ)を八百万(やほよろず)程上(ほどあげ)て、つる/\と立寄(たちより)、何(なん)の苦(く)もなく岩戸(いはと)を取(とつ)てつまみ砕(くだき)、天照(あまてらす)太神(おほんがみ)を引出(ひきいだ)し奉(たてまつ)る。中臣神(なかとみのかみ)、忌部神(いむべのかみ)、端出之縄(しりくめなわ)を引渡(ひきわた)す。日(ひ)の神(かみ)出(いで)させ給ひければ、昔(むかし)

のごとく明(あか)るくなり、人(ひと)の面(かほ)しろ/\と見(み)えしより、芝居(しばゐ)を見(み)て面白(おもしろ)やといふ事(こと)は此時(このとき)よりぞ始(はじま)りける。扨(さて)また同(おな)じ神代(かみよ)に、彦火々出見尊(ひこほゝでみのみこと)の太夫元(たゆふもと)にて火酢芹命(ほのすそりのみこと)など狂言(きやうげん)興業(かうぎやう)ありけれども、金元(かねもと)なかりし故(ゆゑ)に、赭(そぼに)とて赤(あか)き土(つち)を手(て)にぬり㒵(かほ)に塗(ぬり)て勤(つとめ)られしかども、一向(いつかう)に入(いり)もなくて太夫元(たゆふもと)の名代(なだい)もつぶれける。又(また)、翰林葫蘆集(かんりんころしう)などを考(かんがふ)れば、古(いにしへ)は神楽(かぐら)とも云(いひ)しを、聖徳(しやうとく)太子(たいし)、 神楽(かぐら)の神(かみ)の字(じ)の真中(まんなか)に墨打(すみうち)をして、秦河勝(はたのかはかつ)に鋸(のこぎり)にて引割(ひきわら)せ、是(これ)を名付(なづけ)て