お江戸のベストセラー

三升増鱗祖みますますうろこのはじめ

20

三升増鱗祖 20

絵草紙たちは、初戦に惨敗して無念やるかたなし。しかし、こんどは楠流の謀りごとをもって反撃し、大釜へ熱湯をたたえ、水鉄砲や長い柄杓ひしゃくを使ってもぐさに煮え湯を浴びせた。これには、もぐさの精も大いにたじろぎ、少なくとも百丁、逃げ足の速いやつは千丁ほども逃げ去った。

青本「筆とスミ、仲良いものを使ってひどい目にあわせたお返しに、熱いものには熱いもので対抗だ! キュウとも言わせぬぞ!!」

ところで、この後もぐさの効能が格段によくなった。これは、煮え湯にさらされたためで、今の世では「湯ざらしもぐさ」と言って、その効き目は格別である。
また、これから思いついて、こんどは温泉にさらしたところ、普通の煮え湯より効能がバツグンに上がった。

こんなところに、池洲稲荷が白雲に乗って現れなさり、両軍に和平を持ちかけた。

稲荷「このたびの戦いは、孫兵衛と平右衛門の手柄争いから始まったこと。政子姫の病気は、文武の二道、車の両輪のように、片方が欠けても治らなかった。なので、その功に優劣はない。また、戦さ勝負も五分と五分、どちらが勝ったとも言いがたい。
今後は、お互い心を打ち明け、裏表なく交わるように。」

古状揃「あら、ありがたや。稲荷のご託宣なるぞ。いずれの者も軍をまとめて引きとれ! 引きとれ!!」

注釈

楠流
楠木正成(くすのき まさしげ)が、河内の赤坂城の戦い(500人の寡兵で鎌倉幕府の大軍とわたり合った籠城戦)で使った数々の戦法のひとつ。塀に押し寄せた軍勢に熱湯を浴びせて追い払った。