ある夜の明け方に、池洲稲荷が山内屋孫兵衛の枕元に立ちなさった。
「隣りのもぐさ屋のせがれは、じつは義朝の三男、頼朝である。もぐさ屋と協力して彼を世に出せば、天下統一ののち汝の家も富み栄えることまちがいなし!」
そう告げて、池洲稲荷は障子の穴から飛び去った。
夜回り「ああ、寝忘れた。もう何時だかわからん。」
当時、伊豆の国では北条時政が富み栄えていた。
山内屋孫兵衛は、奥方の御用でたびたび北条のお屋敷へ商いに出向いたが、そのころはまだ絵草紙も珍しかったので、女中や部屋方まで、みんな夢中になって盛り上がった。
腰元せきや「これ、本屋どん。こんど絵のいい観音経を持って来ておくれ。」
孫兵衛「せきや様、これをご覧なされませ。市村座の狂言本でござります。」
女中「ほんに、ばからしいの!」
女中「これをご覧……けしからんの♡」