お江戸のベストセラー

三升増鱗祖みますますうろこのはじめ

10

三升増鱗祖 10

孫兵衛は稲荷のお告げで、もぐさ屋の若衆の正体を知っているので、なんとか北条の姫君にコッソリ逢わせて、ゆくゆくは時政のムコとして世に出したいと考えた。
そこで、腰元せきやと示し合わせ、このたびの姫君の灸治用のもぐさを、道意に仰せつけてくださるよう家老へ願い出る。

孫兵衛「切りもぐさは、たいへん便利なもので重宝します。その上、製法が格別でござります。」

新五左衛門「殊勝な願い、この新五左衛門しかと承知した。すぐにでも、切りもぐさをたくさん持参いたせと、その道意とやらに申し伝えよ。これは丁度よかった。」

孫兵衛はもぐさ屋へ行き、政子姫のご病気のことやもぐさの御用のことを伝える。さらに、池洲稲荷のお告げで、ここの若衆が頼朝公だと知ってることも打ち明けた。
「二人で力を合わせて、頼朝公を世に出し奉らん!」

道意は孫兵衛の心意気に感じ、頼朝公から預かった源氏の白旗を見せて胸のうちを明かす。

道意「こうしたところは、矢口の渡しの道念という趣きだが、我らはもはや町人なので、もう斬った張ったをする気はない。ただ、頼朝公を世に出してあげたい一心。我らの “きったはった” は、もぐさを切ったり、ふたの紙を貼ったりじゃ。」

孫兵衛「お互いもとはご家来筋。不思議な運命のために心を合わせて忠義をつくしましょう。今は弓矢を捨てたこの身だが、心は鋭い千枚通し、うわべは丸いなぶくらに、たちまち平家を打ち切りの、ざりは忘れず嘘つかず、そこで本屋でござりやす。」

注釈

矢口の渡しの道念
『太平記』をもとにした人形浄瑠璃『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし/平賀源内作)』の四段目。
もと新田の旗持ちの道念が、多摩川の矢口の渡しで謀殺された新田義興(よしおき)の無念を、その弟の義岑(よしみね)に新田の白旗とともに託す。
うわべは丸いなぶくらに~
この後の孫兵衛のセリフは意味不詳。