お江戸のベストセラー

三升増鱗祖みますますうろこのはじめ

19

三升増鱗祖 19

こうして、もぐさ軍は、“くんさい” を大将とし、“千梃入り袋もぐさ” を先頭に “かわらけ入り” を引き連れ、絵草紙の陣へと押し寄せた──が、しょせん相手は草双紙、切ったところで浅草紙。これは、汚してしまうか引き裂いて捨てるほうが効果的だろうということになり、三百余騎の軍兵が、それぞれ大字・中字・細字の筆にスミをたぷたぷと含ませて、向かう者を拝みけし、めぐり逢えば車ぬり、ミミズの落書き十文字、手あたり次第になぐり書きすれば、絵草紙も一枚絵も、ほうほうの体で逃げ回る。

敵も味方も入り乱れ、もぐさ(いくさ)は花をぞ散らしける。

塗っ手(寄せ手)の大将くんさい、指図する。

(腕)に力は覚えたり。筆もの(目にもの)見せんと塗るままに。

こちらは絵草紙軍。
敵は切りもぐさなので、切られても何とも思わず向かってくる。唐紙からかみ表紙はからき目に合い、青本は青くなって顔色を失い、赤本は赤っ恥かいて逃げ回る。

大将の古状揃こじょうぞろえは、弁慶状の勢いで突進したが、大筆にスミを含み状手習い状のように塗りたくられて、逃げるように引き返す。

侍大将、削七兵衛さくしちびょうえが追っかけて来て、後ろへ引けばひきのやも、身をどらやきと前へ行く。

注釈

浅草紙
再生紙。おもにトイレ用。
拝みけし
刀でいう「拝み打ち」。上から下へ拝むように斬り下ろす。
車ぬり
刀でいう「車切り」。横に斬り払う。
古状揃
歴史上の有名人の架空書簡の絵本。寺子屋の教科書や書道の手習いとして使われた。子供たちが最初にふれる歴史読本。
この後の文は『古状揃』に載っている書状をもじったシャレになっている。
弁慶状
弁慶の遺書とされる書状。
含み状
義経含状。義経が自刃するとき頼朝宛の手紙を口にくわえていたという、トンデモ伝説由来の書状。
手習状
初登山手習教訓書。文房具を武具に、手習いを合戦にたとえて、手習いの心得を説く。
削七兵衛
平家の侍大将、悪七兵衛景清(あくしちびょうえ かげきよ)と添削用の筆をかけて「削七兵衛」。さらに『平家物語』で景清が敵の兜の錣(しころ)を引きちぎった逸話と「ひきのやのどらやき」をもじった言葉あそび。